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おやじむし

Author:おやじむし
私「おやじむし」の人生のメインテーマである「何をするためにこの世に生まれてきたのか」を知ること、そして、「豊な人生を送る」という目標のために日々読書し、そこから得たことをアウトプットしたものです。

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こころの遊歩道
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──────────────────────────────
 ◆今日読んだ本
──────────────────────────────
 題名:こころの遊歩道
 副題:一日五分こころの散歩
 著者:小林正観
 出版:弘園社
 定価:1500円



──────────────────────────────
 ◆今日の本 購入情報
──────────────────────────────
 弘園社
 http://www.koensha.com/



──────────────────────────────
 ◆本の目次
──────────────────────────────
 足を知る
 幸と不幸のたまご構造
 30年映画
 悩みの本質
 依存
 
 他、多数あるので省略します。



──────────────────────────────
 ▼本の成分解析
──────────────────────────────
 知恵  :■■■■■
 勇気  :■■■■■
 豊かな心:■■■■■
 おすすめ:■■■■■


 この本は、1997年4月に出版されています。
 
 著者は、心学研究家、心理学博士、教育学博士、社会学博士、
 コンセプター、作詞家&歌手、デザイナー、ブランドオーナー等々
 多才な方です。
 
 著書も多数あります。
 
 
 
 今回は何が得られるでしょうか?



 今回はこの本を次のような視点で読んでみました。
──────────────────────────────
 ■この本のどこを読むか
──────────────────────────────
 1)仁とは?



 人が二人で「仁」です。



 忙しい方のために、結論を先に紹介します。
──────────────────────────────
 ■この本をどう読んだか
──────────────────────────────
 1)仁とは?

 「『仁』という文字は『人が二』、『二人』と書きます。『仁』
 という字は『人が二人いる』という意味です」

 「自分の存在が(自分がこの世に生まれたことが)、感謝され、
 喜ばれるという『幸せ』を一度味わってしまうと、“至上の喜び”
 です。もう引き返す事はできません。この『喜び』や『幸せ』を
 味わうと。何回も何十回もそれを味わってみたくなります。この
 『喜び』は、三次元的な『喜び』とは全く異質なもので、『魂が
 うち震えるほどの喜び』です」

 「『仁』とは、何もしなくてもいい。ただ、その人のそばにいて
 あげること。それが、究極の愛の姿なのではないでしょうか」
 
 「その人のそばにいてあげるというのは、必ずしも時間的に、
 距離的に、地理的に近くにいるという意味ではありません。例えば、
 北海道と九州に別れていても、精神的にいつもその人のそばにいて
 あげる。そういうことを『仁』というのだと思います」
 
 「究極の愛というのは、特別なことをしなくてもいい。特別な
 形をとらなくてもいい。最終的に、最もシンプルで、しかも最初で
 最後の純粋な愛の形は、おそらく『仁』であると思うのです」

 「イエス・キリストは『仁』の人であった、『仁』の塊であった
 ということが言えるのではないでしょうか」



──────────────────────────────
 ★今日から実行すること
──────────────────────────────
 【 喜ばれる存在になろう 】



──────────────────────────────
 ●もっと知りたい方のために
──────────────────────────────
●仁とは?

▽先日参加した著者の講演会で購入した二冊のうちの一冊です。

 今回も紹介したい部分がたくさんありますが、その中から「仁」
 という題のついたお話を紹介します。
 
 「仁」という文字を国語辞典で引いてみると、

 「いつくしみ。なさけ。あわれみ。おもいやり。愛情を他に及ぼす
 こと。同情」
 
 と書かれています。
 
 その意味を分析してみると、自分だけのことではなく、相手が
 いてはじめて成り立つ文字であることが分かります。
 
 著者は言います。
 
 「『仁』という文字は『人が二』、『二人』と書きます。『仁』
 という字は『人が二人いる』という意味です」
 
 一人だけではなく、必ず二人(もしくはそれ以上)いて成立する
 文字です。
 
 では、「仁」の行動とは、どのようなことを言うのでしょうか?
 
▽著者によると、人間の「喜び」や「幸せ」というのは、三つの
 かたちをとるのではないかと言います。
 
 一つ目は「過去、自分に起きたことを全て受け入れること」。
 
 いくら辛い過去だったとしても、自分に必要だったのだと全て
 受け入れる事ができると、過去の全てが感謝の対象となります。
 
 二つ目は「現在の全てを受け入れること」。
 
 たとえ現在が、病気やケガで心身共に辛い状況にあったとしても、
 人間関係で思い悩んでいたとしても、自分を取り巻いている全ての
 状況を受け入れてしまう、過去の全てを受け入れたのと同じように、
 現在目の前にある状況を、自分には必要なことなのだと受け入れる
 事ができれば、現在の全てが感謝の対象となります。
 
 過去のことはまだしも、現在起きている全てのことを感謝の対象と
 考えることは、なかなか難しいことです。
 
 自分に起きる事は、全てが自分にとってどうしても必要なこと
 なのだと考えることができた時、どのような状況にあったとしても
 そこに「喜び」「幸せ」を感じることができるようになるのです。
 
 三つ目は、「自分の存在が感謝される」こと。
 
 「あなたがそばにいてくれて嬉しい」と思ってもらえれば、確かに
 これほど嬉しいことはありません。
 
 著者は言います。
 
 「自分の存在が(自分がこの世に生まれたことが)、感謝され、
 喜ばれるという『幸せ』を一度味わってしまうと、“至上の喜び”
 です。もう引き返す事はできません。この『喜び』や『幸せ』を
 味わうと。何回も何十回もそれを味わってみたくなります。この
 『喜び』は、三次元的な『喜び』とは全く異質なもので、『魂が
 うち震えるほどの喜び』です」
 
 まだまだ修行中の身で、なかなか人に「喜ばれる」ということが
 できません。
 
 でも、想像するだけでも楽しそうです。
 
▽著者は「究極の喜ばれること・愛」というのは、「その人のそばに
 いてあげること」なのではないかと言います。
 
 もちろん、そばにいるのを嫌がられる存在だと意味がありません。
 
 その人のそばにいても嫌がられない存在であることが前提条件に
 あります。
 
 著者は次のように言います。
 
 「『仁』とは、何もしなくてもいい。ただ、その人のそばにいて
 あげること。それが、究極の愛の姿なのではないでしょうか」
 
 「その人のそばにいてあげるというのは、必ずしも時間的に、
 距離的に、地理的に近くにいるという意味ではありません。例えば、
 北海道と九州に別れていても、精神的にいつもその人のそばにいて
 あげる。そういうことを『仁』というのだと思います」
 
 「究極の愛というのは、特別なことをしなくてもいい。特別な
 形をとらなくてもいい。最終的に、最もシンプルで、しかも最初で
 最後の純粋な愛の形は、おそらく『仁』であると思うのです」
 
 例えば、地理的に遠く離れていたとして、どんなに忙しくても、
 自分がどんなに大変な状況にいたとしても、たとえ真夜中であった
 としても、笑顔で対応してあげること。
 
 そして、「あなたがいてくれてよかった」と感謝されること。
 
 これが「仁」という状態、究極の愛の形だということです。
 
▽「その人のそばにいてあげること」という言葉を聞くと思い出す
 のが、遠藤周作さんの「イエスの生涯」という作品です。
 
 「イエスはさまざまな奇蹟を起こした」と伝えられています。
 
 確かに、病気を治したり、ケガを治したりしたのでしょう。
 
 でも、本当のイエスは何もできない、この世では無力の男でした。
 
 そのイエスが人々に説いたのは、「神の愛」「愛の神」です。
 
 現在が辛い状態にあっても、神はあなたのそばに必ずいて、あなた
 を見守ってくれている。
 
 これがイエスが人々に説いたことで、そして、イエスが実践した
 ことです。
 
 この本にもそのことが書いてあります。
 
 フランスの宗教史家ルナンが書いた「イエス伝」にはこう書いて
 あるそうです。
 
 「何もできなかった。ただし、苦しむ人を見捨てなかった。孤独な
 老人のそばに、じっと腰かけていた。女達が泣いている時、その
 そばにいた。自分を裏切った者に、恨みごとひとつ言わなかった。
 イエスの生涯は、ただそれだけだった」
 
 著者は言います。
 
 「イエス・キリストは『仁』の人であった、『仁』の塊であった
 ということが言えるのではないでしょうか」
 
 「魂がうち震えるほどの喜び」を体験してみたいです。





 この本には、私が知りたかったことがたくさん書かれていたのと、
 自分の中で「こうなのかなぁ」と考えていたことが肯定されていた
 部分がいくつかあって、自分にとっては幸せになれる内容です。
 
 著者は常々「人間がこの世に生を受けた意味は、喜ばれる存在に
 なること」という話をしてくれます。
 
 何かを成し遂げるのが目的ではなく、喜ばれる存在になること。
 
 もちろん、何かを成し遂げたことで、人々に喜んでもらえる人も
 存在します。
 
 たとえ華々しくなくても、自分の近くにいる人たち、家族や友人、
 知人に喜んでもらえる存在になれれば、それで人生の目的は達成
 できたことになりそうです。



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 人生を成功に導く読書術! ?おやじむしの3分書評? より抜粋

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